子の心 親知らず

それぞれの実家から帰阪した日曜夕方。
二人とも予定より早めに家に着いた。

オットは自分の両親とは先月の姪っ子の結婚式で会ってる。
今回も両親は特に変わりはなかったが、相変わらず父親が家の中を勝手にいじって、しかもそのいじり方がめちゃくちゃだとぼやく。
もともと大工仕事の好きな父親なので、じっとしてはいられないのだろう。

父親は脳梗塞のあと一時期見られた認知症の症状が進行してないのだから、良しとせねばと私は思う。


さて、私のほうは最悪の帰省となった。
土曜日に駅まで迎えに来た母とイオンに寄って、母の誕生日も近いのでカバンをプレゼントした。
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ほんとはカバンなど十手観音の手が一つずつ持っても余るほど家にある。
誕生日や母の日に何も要らないと言うが、私にしたらとりあえず何かしないといけないと思ってるだけのこと。

その日の夜はあり合わせで普通に話しながら夕食を食べて寝た。
翌朝は二人で産直市場へ行き、父の祭壇のお花と私が店で使う醤油豆を買うことになっていた。

朝、いつもの朝食を二人で食べて、来月の予定なんかを話しているうちに、母はトイレに立った。

トイレから出て来て手を洗いながら母が言った。
「来月は帰って来んでいいよ!帰って来ても、あーやこーやばっかり言うんやから!」
急に怒ってる。

「なに?なんで急にそんなこと言うの?」と聞いても、帰って来なくていいを繰り返す。
「まだ一人で何でもできてるから毎月帰って来んでいいわ!寝込んだら世話してくれたらいいわ。」

母がおとなしくしおらしくしていたのは、事故で入院していた時だけだった。
もともと我の強い人で、嫌いなものを嫌いとはっきり言う人で、それは八十を越えても全く直ってないどころか酷くなっている。

両親と私達夫婦とで旅行に行っても、自分が気に入らないことがあるとプイとむくれる人だった。
私達親子だけならいいが、オットが居る前でそんな態度を取る母が私はずっと嫌だった。

母が事故に遭った時も、私は母が可哀想でならなかったし、父が亡くなって一人になって寂しい思いをしているだろうと、母のことを考えない日はないのに、この態度はなんだ!
私の気持ちは全然母に通じていない。

母が入院中に私が実家を片付けたことを今だに文句言われる。
何かが無いと全部私のせいにされる。
そう言われるたびに、実家からすぐにでも帰りたいのは私なのだ。
自分の記憶違いと物忘れは絶対に認めない。

賞味期限切れの食品をいつまでも置いておくな、薬や化粧品やであちこちグチャグチャにするな、腐った野菜は捨てろ。
それをあーや、こーやと言うなら確かに言った。
それは娘だから言うのだ。


本当は腹の中が煮えくり返っていたが、どうにか抑えて買い物にも一緒に行き、昼ごはんも食べた。
4時頃に家を出る予定だったが、雨が降りそうだから早めに帰ると言い、1時半には実家を出た。
それ以上居たら、自分が何を言うかわからなかったし、母の顔を見るのも嫌だった。

世の中にこんなに悲しい母娘がいるだろうか。
私が心の中でずっと父に詫びていることも母はわかってないだろう。

そんな気持ちを抱えて、日曜日に帰って来た。
来月は帰らないと決めた。
しばらくは電話もせずにほおって置く。

実家を出る前に、母のいない隙を見て、父のお骨に頼んで来た。
「お母さんに説教しといて!」

母が何か怒るたびに父は「またか。」と言うように笑っていたが、その時も父が「ふん。」と笑う声が聞こえたような気がした。
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by anatatoyu | 2015-04-21 09:24 | 母のこと

ふつうの暮らしのふつうのご飯、日々の出来事綴ります。


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