心に残る言葉

先日の周年ウィークにご夫婦で来てくださったYさんのお宅も、長男夫婦。
お二人とも、私より二つほど年上。

ご実家へは高速を飛ばして一時間ちょっとで近いもんだとおっしゃるが、そんな道路が通ったのはここ数年のこと。
それまでは雪の時期には苦労されていたことと思う。

奥様のご実家へも同じくらいかかるのだろうか。
両方ともお母様がご存命で、Yさんのお母様は二年ほど前まで海沿いの大きなお家で、90歳を過ぎてお一人暮らしだった。
お父様は早くに亡くなられたと聞いている。

そして今、お母様は介護施設におられるが、それはご自分から施設に入ると言われたのだそうだ。
それがすごいと思う。

たいていの家は、子供が親の介護に疲れたり、介護ができなかったりで、嫌がる親を説得して預けるものだと思っていた。

こちらのお母様は奥様とメールの交換ができたり、俳句を詠んでは毛筆で達筆に書かれるほど、頭がしっかりしておられた。
賢い人は自分の行く末を自分で決めるのだと思った。
あの柴田トヨさんもそうだった。

さて、その奥様があの日に言われた幾つかの言葉が頭に残っている。

「海沿いの大きなお家はどうされるんですか?」の私の問いに
「私は帰りません。帰っても友達一人もいませんもの。」

それは私が岐阜へは行かないことにも通じるし、私が実の母に大阪に来いと言っても母が応じないことにも通じる。
ほんとに、その一言に尽きるのだと思う。

このご夫婦は旅行がお好きで、今もあちこちお二人で行かれる。
うちのオットなんか、ここ数年、一泊以上の旅行には行かない。
いつなんどき、親に何があるかわからないと思っているのだ。

いつか、ここにも書いたことがあるが、親の為に自分のやりたいことを我慢して、電話の音に耳を澄まして暮らすのは嫌だ。

奥様はこうおっしゃった。
「北海道でも沖縄でも、何かあったら遅くても翌日には帰って来られるでしょ。」
そう、そのくらいの気持ちでいたい。
いや、オットにはいて欲しい。


私の母はこうも言った。
「親の死に目に会えるか会えないかは、その親と子の運命。
どんなに離れていても、会える人は会える。
近くで居ても会えない人は会えない。」


二年前、病院ですでに終末期医療を受けていた父と面会した日は、四国に台風が近づいていた十月のある日だった。

面会と言っても、本人に私たちが認識できる状態ではなく、最初に目を開けて何かを喋ったあと、そのまま眠ってしまった。

私たちはしばらく父の顔を眺めていたが、起こすことなく病院を後にしました。
おそらくそのまま目を開けることはなかったのだろう。
翌早朝に病院からの電話で危篤と知らされた。

その日は夕方に実家を出る予定だったが、台風が接近するとマリンライナーが止まるので、お昼前には出発するかとオットと話していた矢先だった。

案の定、亡くなった日の午後からはJRも止まり暴風雨となった。
もし父が同じ日の午後に危篤となれば、本州に渡ってしまった私たちは、四国に行く術もなく時をやり過ごしたに違いない。

私たちが病院に着いた時には、父は虫の息だったが、確かに生きていた。
父の世話を他人任せにした親不孝な私でも、父は怒ってなかったのかも知れないと、その時少しだけ心が軽くなった。

来月、三回忌を迎える。




☆今日のまかない
カンパチのあら炊き
シュウマイ(市販品)
茗荷と大根の胡麻ドレッシング
b0327247_15292569.jpg




さて、残る三人の親の死に目に、私たちは会えるのだろうか。





[PR]
Commented by o-rudohime at 2016-09-21 16:58
昔の様に家督を相続する子が親の面倒を見る 
老老介護の心配がない そんな時代は良かったですね。
99歳になる母がいますが旅に出る時はいつでもキャンセルが出来 帰って来れる様に保険に入って出かけます。
高齢になれば子供より友達の方が話しやすく気が合うのではないでしょうかね。
Commented by hiromama2015 at 2016-09-21 19:17
ゆうさんは親が子供に何を望んでいるか?を
考えておられる。
私は親が居ないので 子供には子供が思う
幸せでいて欲しいと望んでいます。
親の為に何かして欲しいなんて事は無いですね。
親ってそんなものじゃないですかね?
そう言ってはいても もっと歳を取ると
考えは変わるかも・・・(笑)

私は親の縁が薄いのか 父の死に目には会えませんでした。
先日 姉の家に宿泊した時 その事を指摘されました。
もっと早く帰ってきたら良かったんだと・・・
でも後悔はしていません。
そんな昔の事にこだわって生きていけるほど 
時間がありませんもの・・・(笑)
Commented by aloha-lokomoko at 2016-09-21 22:20
父がなくなる前までいたけれど、亡くなるときは仕事先で笑っていました。
母の、死に目にはいられるんでしょうか・・・
母が、施設に入れてほしいと言い始めました。
きっと、本心ではないのだと思うのです。
私の手を煩わせていると、そういっていると。
この決断も、どちら側も本当に、難しいことです。
言う側、受ける側。
母が、この状態でいられる限りは、自宅で過ごさせたいと思っていますが・・・
これも、母のためになってるかどうかは、私にはわかりません。
Commented at 2016-09-21 22:20
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by u831203 at 2016-09-21 22:48
離れて暮らしているので、祖父母も父も、
義父母も誰にも会わずじまいでした。
いつも弟が連絡をくれます。

私は、動けるうちはヘルパーさんのお世話になって
自宅で過ごしたいと思っています。
動けなくなったら施設に入ります。
そして、亡くなったらそっと小さなお葬式にします。
なんて計画立てているのですけどね。
Commented by anatatoyu at 2016-09-22 10:08
o-rudohimeさん

お久しぶりです。
お元気そうで何よりです。

老老介護は大変です。
お母様、お元気なんですね。
海外旅行ですから、キャンセル料も帰国費用も半端ないですね。
遠い親戚より近くの他人でしょうか。
その他人さんが面倒みてくれるなら良いですね。
Commented by anatatoyu at 2016-09-22 10:14
ちゃちゃさん

うちの母も若い頃から、そう言ってました。
子供の世話にはならないと。
でも実際、自分の体が思うように動かなくなると不安になると思います。
柴田トヨさんの最期の頃のお話を、どこかでご覧になれればいいと思いますが、やっぱり本音は寂しいと書いておられます。

親の死に目に会えるから良いとか、会えないから悪いとかいうことではないと思います。
やはり親孝行は生きてるうちにするものだと思います。

それです。
すんだことに執着しても、仕方ないですよね。
Commented by anatatoyu at 2016-09-22 10:17
ロコモコさん

お父様はロコモコさんのことを、よくわかってらっしゃると思いますよ。
お母様も同じです、
例えその場にいなくても、気持ちが通じてるはずです。

お母様が施設にとおっしゃるのは、半分本心、半分虚勢でしょうね。
本当はどうすればいいなんて、きっと誰もわからないのでしょうね。
でも、いつかどこかで決断しなければいけない。
うちも同じです。
Commented by anatatoyu at 2016-09-22 14:41
鍵コメさん

なかなか複雑ですね。
一度聞いたくらいでは、覚えられません(笑)

たぶん、お母様は見て見ぬふりのできない方なんでしょうね。
そりゃ、見られる人が見れは良いのでしょうが、それ相当の労いの言葉と、それを形にしたもの、すなわちお金を残してもらうか、少なくとも自分の懐から費用を出すことがあってはならんと思いますよ。
義理や人情を欠くと、しっぺ返しが来ますね。
Commented by anatatoyu at 2016-09-22 15:21
がちゃぴん秀子さん

離れて暮らしていると、そうなる方が多いでしょうね。

私もそれが一番いいと思います。
何よりもボケないようにしておかないと、いけませんねえ。
by anatatoyu | 2016-09-21 15:40 | 暮らし | Comments(10)

ふつうの暮らしのふつうのご飯、日々の出来事綴ります。


by ゆう