「その気」になったのに
2019年 02月 23日
せっかく「その気」になったので、善は急げと本屋に走りました。
朝井まかてさんの本を買うため。
家から店までの途中にある地下街に大きな本屋が…
無い、無くなってる。
そう言えば駅前にあった有名な書店も二軒無くなりました。
本をネットで買ったり、端末で読んだりするようになったからでしょう。
皆さん、本は本屋で買いましょう、と滅多に買わない私が言うのもなんだけど。
「貝原益軒の養生訓」がこの「銀の猫」の中に出て来ます。
貝原益軒…中華料理店ではありません。
この私でも名前だけは知っています。
どこで聞いたか習ったかは覚えていませんが。
「養生訓」は正徳三年(1712年)に出版された、養生についての指南書。実体験に基づき健康法を解説した書。長寿を全うするための身体の養生だけでなく、精神の養生も説く、一般向けの生活心得書であり、広く人々に愛読された。(ウィキペディアより)
この中の最終巻に養老について説いてあり、介抱する者の心得と年寄り自身が持つべき心構えが書かれてあり、いわば介抱の指南書である(銀の猫より)
このような指南書は他にもたくさんあったようで、例えば「子は親の心の安寧に努め、外出は控え、親のそばを離れず介助の手を差し伸べ、親が病に伏した際は他の仕事を差し置いてでも昼夜寝ずの看病をし医薬の手を尽くすこと、大小便の世話は人に委ねず、子自らが行うこと」
このあたりを読むと、プッチンとなりました。
無理っ!!
江戸の時代でも、親の介抱にほとほと疲れ果てた息子達がたくさんいたようで。
そうそう、この時代は跡目を相続された息子が親の介抱をするのが普通だったそうです。
そこでお咲の雇い主であるお徳が言います。
「介抱人より先に身内が倒れちまうなんてことも、世間にはざらにございますからね、あまり無理をなさらず玄人の手をうまくお遣いになって。」
その通り、全く現在と同じじゃないですか。
人生五十年と言われた時代はいつで終わったのかと思いますが、江戸は長寿の町だったようです。
五十過ぎまで生き延びれば、たいていは長生きで、ことに裕福な町人は隠居料をたっぷり持って跡目を譲り、あとは気儘に芝居見物や習い事をして披露目をしたりして暮らす。
江戸者はその隠居暮らしを目指して一生懸命働くのだそう。
お咲はこんなお家をまわります。
お金持ちでなければ介抱人など雇えませんが、そんな家はたいてい何か問題があります。
裕福そうに見えても、中に入ればそうでないお家もあります。
穏やかに微笑む嫁の面を被った鬼もいます。
さて題名の「銀の猫」ですが、ある小さな物と実際の猫がリンクしていることに、最後のほうになって気づきました。
そして、この働き者で賢いお咲と気儘な母親との確執。
職業こそ違いますが、私にも「目の上のたんこぶ」みたいな人がおります。
「年寄りは皆、わがままでしたたか」と本の中にも出てきます。
なるほど。
ここらでやれやれと締めくくります。
長文駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。
つづきません。。
☆今日のお昼ご飯
スパゲティ
野菜スープ
★今日のお弁当
by anatatoyu
| 2019-02-23 13:00
| 私のこと



